「ひそかな愉しみ」

2016.07.07

バンドメンバーの上遠野 敏(かとおの さとし)です。

◯今日は七夕ですね。

私の母校、東京芸大では道路を挟んだ音楽学部と美術学部の教官が「七夕会」に集い年に一度の逢瀬を楽しみます。人生の節目を寿ぐのは粋です。また、学内にある日本最古の赤煉瓦建築の教官専用「赤レンガクラブ」では洋酒が並び教官相互の親睦を深めることができます。他ジャンルの巨匠の先生にも彫刻科助手の若造(私)を可愛がってもらいました。

◯本からも憧れの大人を学びました。

純文学の安岡章太郎や吉行淳之介が好きで、本がすり切れるまで読みました。お二人は第三の新人という戦後文学新基軸の騎手でした。安岡章太郎を知ったのはNHK「婦人百科」という番組を偶然見てからです。とつとつと語る話が面白く人柄に惹かれました。早速、古本屋に駆け込みました。幼少の頃から優柔不断気味で、それゆえの劣等感がつきまとい、敗戦や脊椎カリエスに病んだ体験などが弱者の心情とシンクロします。低い目線からの観察眼は戦後の社会や家族の切なさを緩やかにあぶり出して、心に沁みるものでした。安岡の文章の中に、私の父の人生もオーバーラップさせていたかもしれません。

点が線となり、吉行淳之介も知りました。お母様がモデルのNHKドラマ「あぐり」や妹の吉行和子さんの方が有名かもしれません。文体は透明で洒脱です。男と女の恋愛心理が交差して綴られています。銀座の夜の世界に足繁く通い、ホステスとの交流を修行にたとえて、「桃膝三年、尻八年」と造語する粋な計らい。現在ならセクハラでお叱りを受けそうだが、昭和の男目線からの文体は男性に支持を受けて人気を誇った。当時の私は、大人の男女の世界にクラクラしたものです。

背伸びしながらもお二人に心酔しながら読みまくったのが、私の血となり肉となっています。純文学も第三の新人も私小説も昭和も随分と遠いものになりました。

◯私は何者?

自己紹介が遅れましたが、札幌で彫刻、立体インスタレーション、写真表現をしている美術家です。公共の代表作は「札幌駅南口モニュメント」の三部構成作品や「札幌市生涯学習総合センター・ちえりあ」に「時の地図—縄文から未来へ」の一万四千年の歴史を刻んだデジタル写真作品があります。炭鉱や地域振興のアートプロジェクトなどのディレクターも務めています。札幌市立大学教授として現代芸術論やアートマネジメント論の座学や作品、論文の指導を行っています。地域連携研究センター長として地域連携、国際交流、研究推進などに微力ながら力を振るっています。年を重ねると役割が多様となり札幌国際芸術祭のバンドメンバーなどの社会的な要請もその一つです。作品も多様です。それらを全て実現するには人生は短いかもしれません。

◯「ネ・申(サル)・イ・ム・光景」シリーズ

神仏の文字を解体すると「ネ・申(サル)・イ・ム」となります。日本全国に神仏の現れを取材して写真作品を制作しています。日本ほど神仏に護られている国はありません。ご自宅に仏壇があり、神棚もある。オシラサマだってある。古代神道は岩や山や滝を依代として神が降りてくると言われています。現在のような拝殿も本殿もない時代です。伝来した仏教もお寺だけではなく信心の現れとしていたるところで散見します。

写真家のTさんは対談の中で「見えないものは写らない」と言っていましたが、Tさんの写真も背景の見えない何かを引き出そうとしています。そこには長い時間をかけた自然と人間が織りなす神仏の物語が隠されています。

■和歌山県新宮市の神倉神社は熊野三山の一つである熊野速玉大社の摂社でゴトビキ岩(ヒキガエルの意味)の巨石がご神体です。海上交通の安全を守る目印にもなっています。胸突き八丁の乱れ石段を登ると、こつ然と神々しい磐座(いわくら)が見えてきます。おそらく日本で一番の霊気も神気も感じられるところです。朝早くから熱心にお祈りする姿に心を打たれました。男性形の磐座と言われています。

神倉神社のゴトビキ岩
神倉神社のゴトビキ岩
熊野市の花窟神社
熊野市の花窟神社

■三重県熊野市の花窟(はなのいわや)神社は日本最古の神社と言われ岩自体がご神体です。ご神体からご神木の松まで170mの縄を掛けて神と人々をつなぎます。こちらは女性形の磐座と言われています。人々と想いがつながり神との交信がありがたさを増します。

■北海道も各地に足繁く撮影に通っています。中富良野から見た十勝岳連峰と大雪山系の神々の山の写真です。手前に大きく雪原が広がる光景はアグリ王国の北海道ならでのことです。

中富良野から見た十勝岳連峰と大雪山系
中富良野から見た十勝岳連峰と大雪山系

このシリーズは10年ほどですが、北海道から九州まで少しずつ撮りためています。納得するものができるのには時間を必要とします。特にお気に入りは津軽、出雲、吉野、熊野、壱岐などです。なぜか辺境の地は進化がゆっくりのためか、古くからのものが結晶体として残されています。これが面白い。

◯「炭鉱の記憶を掘り起こす」

炭鉱のアートプロジェクトは2004年からNPO法人炭鉱(やま)の記憶推進事業団(岩見沢)と札幌市立大学が連携して、地域行政や市民の協力のもと、赤平を皮切りに幌内・布引、奔別(三笠市)、夕張清水沢、夕張石炭の歴史村(夕張市)で「炭鉱(やま)の記憶アートプロジェクト」を開催してきました。テーマは一貫して「炭鉱(やま)の記憶を掘り起こす」。空知旧産炭地の重点拠点を関連づけて組織的に展開しています。アートディレクターとして常に心がけているのは「他者を輝かせることによって、自分も輝く」ということ。共にことにあたる学生には、作品を通して炭鉱遺産や地域の人々を映し出す「鏡の役割」になりなさいと。

上遠野 敏「奔愛(Pon Love)」奔別炭鉱積込みホッパー(三笠市)
上遠野 敏「奔愛(Pon Love)」奔別炭鉱積込みホッパー(三笠市)
幾春別町内連合会の無償協力で取り付けを行った。
幾春別町内連合会の無償協力で取り付けを行った。
上遠野 敏「巡礼する地蔵車」夕張〜奔別までtwitterで位置を発信してつぶやきながら巡礼します。
上遠野 敏「巡礼する地蔵車」夕張〜奔別までtwitterで位置を発信してつぶやきながら巡礼します。

将来は日本全国巡礼して「ネ・申(サル)・イ・ム・光景」の写真を撮れたら素晴らしい。

◯市民力の結晶体

札幌市民は穏やかで争うことを好まない平和的な街です。だからと言って中庸な街というわけではありません。私がこよなく愛する札幌の至宝を紹介します。市井の中に評価も求めず、類い稀にみる情熱で、類い稀なるものを作る人がいます。私がヴェネチアビエンナーレの日本館コミッショナーなら以下の二軒の物件(?)を強く推します。おそらく日本館は金獅子賞をさらいますね。時代を超越した普遍性が類のないアートとして評価を受けるでしょう。

■レトロスペース坂会館

A字ビスケットでおなじみの坂ビスケットの坂一敬館長が失われていく昭和の雑貨を数万点収集した私設博物館です。隅々まで磨き上げられ精緻に積み上げたコレクションは圧巻です。雑貨から下着やヌードのピンナップまで清濁分け隔てなく同一の愛を注ぎます。慎ましくも深い洞察力の結晶はアートを超える札幌の至宝です。この博物館は見る人の心の鏡の磨き具合によって見え方が違ってきます。やましい心の持ち主には曇った鏡としか映りませんのでご用心ください。後世に伝えたい博物館です。

レトロスペース坂会館展示風景
レトロスペース坂会館展示風景

■大漁居酒屋てっちゃん

「てっちゃん」こと阿部鉄男さんが20年の歳月をかけて店内を埋め尽くしたコラージュ空間です。レコードジャケットを手始めに昭和そのものを色濃く貼り込んだ唯一無比のアート空間です。多くのアーティストが憧れる羨望の聖地。トイレの水槽コラージュ&アッサンブラージュも必見。「商いは飽きない」の工夫が必要と、朝4時に市場に仕入れに行き旬のネタを20種類以上仕入れて、午前中に120人分の刺身の仕込みをする。名物の「舟盛り」のお刺身で絶大な支持を得る超人気店です。ご来店の際には予約をお勧めします。

大漁居酒屋てっちゃん」の店内風景
大漁居酒屋てっちゃん」の店内風景

◯終わりに

大友良英ゲストデイレクターの「芸術祭ってなんだ?」は面白くなりそうです。大友さんは話し上手でありながら、稀代の聞き上手。市民と共に「お祭り」のように裃(かみしも)を脱いで無礼講でいきましょうというスタンス。そこには市民を輝かそうという「ひそかな愉しみ」が企てられています。

長々と書き連ねてしまいましたがお付き合いありがとうございました。

上遠野 敏

上遠野 敏
上遠野 敏
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