芸術祭は「レトロスペース坂会館」から学ばねばならないのだ

2016.04.28

札幌国際芸術祭のブログがはじまります。ボクだけでなく、これから芸術祭に関わってくる様々な人たちが、ここにいろんなことを書くことになると思います。とはいえ、ここに出来てくるのは公式なものよりは、もっと気楽な途中経過や、非公式じゃなきゃ言えないようなにじみ出る裏事情でもいいし、はたまたせっかく札幌なんだしで、今日札幌で食べた美味いもんの写真でもいいかなくらいに思ってます。ときには正式発表が待てなくてフライングで情報が出るのも、まあ程度にもよるけども、ありにしようかな。いずれにしろ、単に芸術祭のことを書くってことじゃなく、むしろそれ以外のことを書くことで、芸術祭に関わっている人たちが何を考えているのか、どんな芸術祭になるのかが、逆に見えてくればいいかなって思ってます。

ということで張り切って第一回目のブログは、ゲストディレクターを務めますわたくし大友良英のブログでございま~~す。なにごとも最初が肝心。なにしろ全体のトーンを決定しかねないというプレッシャーの中、何を書くかといえばですね、もちろんこれ!

「レトロスペース坂会館」のことであります。

行ったことない人のために言っておくと、札幌では老舗のビスケットメーカー「坂ビスケット」(正式には「坂栄養食品株式会社」ボクにはとっても懐かしい昭和の味のビスケットです)の工場敷地内にある坂館長が個人でやっている博物館が、この「レトロスペース坂会館」であります。

一言でいえば、というか一言では言えないけど、頑張って書くとですね、戦前から現在に至るまで、とりわけ当年72歳の坂一敬館長の幼少期から青年期のものを中心に、普通なら時代が過ぎれば見向きもされないような、しかし誰もが普通に手にしたり、便利に使っていたり、憧れや畏敬の目で眺めていたようなモノの数々が、坂館長個人の独自の視点で見事に展示されているんです。しかもその量たるや、半端ない。今では到底手に入らない昭和の消しゴムから、貴重な雑誌、リカちゃん人形に学生運動のヘルメット、マッチに下着、レコード針からアイドル写真、キャラメルのおまけに札幌オリンピックグッズ・・・書き出したらきりがない。博物館として見ても半端ないだけでなく、日本の民衆文化を考える上でも、世界で唯一、超一級のアーカイブだけど、それだけでなく、なによりも博物館全体が坂館長のアート作品と言ってもいいくらいで、この場所をこよなく愛し評価しつづけている美術家であり札幌市立大学教授の上遠野敏さんの言葉を借りるなら、「そんじょそこいらの美術家など足下にもおよばない、ベネチアビエンナーレにだしたらグランプリをとってもおかしくないくらいの国宝級の至宝」。本当に大袈裟でもなんでもなくわたしもそう思う次第だ。興味ある人はぜひこのサイトのパノラマ写真を見てほしい。そのもの凄さの一部だけでも伝われば幸いだ。

レトロスペース坂会館

その「レトロスペース坂会館」が存続の危機に瀕している。様々な事情があることなので、第三者が簡単に口出しできることではないけれど、でも坂館長のこの業績とコレクションに対して、芸術祭がなんらかの形でお手伝いできないものだろうか。たかだか始まって2回目の若造の芸術祭が、長年やってこられた坂館長にこんなことを言うのは僭越すぎるけど、でも、レトロスペースがもしなくなってしまうのだとしたら、日本の文化にとって、ありえないくらいの損失になると思うのだ。手をこまねいているわけにはいかない。

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自分自身のことを考えても、僕らは世間が「立派」とか「正しい」といって持ち上げるような「お芸術」に囲まれて育ったわけでは決してない。民衆文化という言い方をしていいのかどうかわからないけれど、でも、少なくともボク自身はベートーベンやマーラー、あるいは雅楽とかお能を聴いて育ったのではなく、クレイジーキャッツや坂本九、ビートルズやカーペンターズを聴いて育ち、文学を読んで育ったのではなく「明日のジョー」や「天才バカボン」「ゲゲゲの鬼太郎」を夢中になって読んで育ち、幼少期には粗製濫造されたチープなプラスティックのおもちゃで遊び、チクロの入ったキャラメルや、果汁ゼロの人工着色料のジュースを飲みまくり、思春期には山口百恵や秋吉久美子のグラビアを引出しに大切にしまいこんでは眺め、そうして育った人間だ。それがいいかどうかの話ではなく、自分の氏育ちは自分では選べないし、育って来た軌跡も変えられないわけで、そのことを隠して、立派な部分だけ見せたり、都合の悪いことはなかったことにしても何も生まれないということだと思う。

粗製濫造されたの一言で片付けられてしまうおもちゃにだって、それを作った工場の職工さんの思いはあったはずだし、時代の中で、それを選択した理由もかならずある。それを丁寧に見て行くことで見えてくる歴史もあるわけで、今の視点、今の基準で簡単に「粗製濫造」などと言ってしまっては、大切な何かを見失うことになりかねない。自分たちの歩んで来た軌跡は、いいことも悪いことも含めて自分たちなんだもの。そこをどう丁寧に見て行くかがなければ、人は人生を誤ると、オレは思っている。

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話が長くなったけど、「レトロスペース坂会館」がやっていることは、単にコレクションではなく、また単にアウトサイダーアート的な偉業というだけでもなく、20世紀という時代がなしえた「民衆というものが自分たちの文化を上からの押しつけではなく自分自身の力で勝ち取ってくなかでの試行錯誤と失敗のささやかな歴史」という、名も無き人々の営みに対する、限りない愛情の集積なんだと思う。そして芸術祭たるもの、このようにあるべきなんだと、オレは強く、強く思うのだ。

僕らは「レトロスペース坂会館」から学ばねばならないことが、まだまだ沢山ある。だからこそ、様々な事情があるのは承知しつつも、存続を願っているのだ。

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(撮影:クスミエリカ)

大友 良英
大友 良英
札幌国際芸術祭2017ゲストディレクター
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